2018-05-18

白岩川御前淵(土棚)

約八百余年前、源義経が兄頼朝から逃げるため、奧州宮城白石方面へ向かったことを聞いた静御前は、義経恋しさに、阿武隈山脈近辺の山川をつたい、安積長沼白方、三穂田白石、安達白岩と白のついた地名を頼りに後を追った。

安達白岩に行く途中、白岩川に七不動が安置されているのを聞き、祈願しながら白岩を目ざし、四つ目の石堂淵で景勝を讃え休憩したが、後の三つが不明となり又白石が仙台方面であることを聞いて、その遠さと疲労とに落胆し逢瀬に引き返した。

そして美女池に二度投身しようとしたところを、この地の花輪長者に助けられたが、失望の余り三年後にとうとう死亡した。

それから石堂淵は一雨毎に浅くなり、また、深くなり、その変化を地元の人々は、これは確かに静御前の怨念であろうといい、石堂淵はいつ変わることなく御前淵と呼ばれるようになった。

西田町 鈴木弥助

『郡山の伝説』
昭和61年3月10日発行
監修 東洋大学教授・文学博士 大島建彦
発行 郡山市教育委員会
編集 郡山市教育委員会社会教育課

タグ: ,
関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です