2018-05-13

東荒井の井戸

西田町丹伊田の狐林山という地域に、この地を領していた館主新田美作守は、産土神として天正二年、山城国伏見稲荷を分霊し遷座したと伝えられる。

古書に、稲荷神社御水垂は神殿裏、狐林山麓の清水池である。これは、明神の神力によって人が生活できるようにと、一夜にして清水を湧き出させたものである。

一人の少女があらわれて里人に、
「この水は、御神垂(みたらし)である。神から拝用すれば、長寿延命となる。また、火伏せの霊験もある水なので、部落に火事は起きないであろう。しかし穢事(けがれごと)に使用すれば災いあり」
といって間もなく、白煙になってその少女は消えてしまった。

里人は明神の化身であろうとこの井戸水を大切に使用した。と記録されている。

 

この井戸は、湧出量が多く、現在でも十戸の家が使用しており、どんな時でも涸れることがないという。また、昔からのいましめにより、お産の産湯などの穢事には決して使用しないという。

西田町 丹伊田雄恵

『郡山の伝説』
昭和61年3月10日発行
監修 東洋大学教授・文学博士 大島建彦
発行 郡山市教育委員会
編集 郡山市教育委員会社会教育課

タグ: ,
関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です