2018-05-12

呼ばわり石

天正十七年、伊達軍と芦名軍が、高倉付近で戦闘し、伊達軍が大いに苦戦をし、三春藩の応援を求めた時、新田館からも、早速大勢の援軍を送った。

その時、留守の兵が少数と見て、安達白岩大場ノ内館の兵が、大挙して押し寄せてきた。少数の兵で防戦につとめた。

その時、留守を護っていた智将泉田外記が直ちに、町内の婦人の腰巻きを借り集め、これを旗にして虚勢を張り一層防戦につとめた。

その折、後方から大軍の鬨の声が起こってきたので、それに力をえて一段と奮戦したので、敵軍もついに後方より援軍が到着したと思い込み到底利あらずと逃げ帰ったという。

戦い終わって、喊声の出た場所を探したところ、山の裾に大きな石があり、石の表面に汗とも水とも判らないものが流れていたという。

それから、この石を「呼ばわり石」と呼んで、今に伝えられている。

 

『郡山の伝説』
昭和61年3月10日発行
監修 東洋大学教授・文学博士 大島建彦
発行 郡山市教育委員会
編集 郡山市教育委員会社会教育課

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