2018-05-15 芳賀池 応永年間に芳賀義勝が来て、横塚一帯を領し、芳賀谷村と称して古館に居住した。義勝は村人に農業用の池を掘らせ、芳賀池と名づけた。それから、芳賀となった。 また、一説には、古墳を墓と呼び、それがなまって芳賀となったともいわれている。 郡山市史 民俗資料カード 『郡山の伝説』 昭和61年3月10日発行 監修 東洋大学教授・文学博士 大島建彦 発行 郡山市教育委員会 編集 郡山市教育委員会社会教育課 Home › 西田町の昔話 › 芳賀池 タグ: 昔話, 鬼生田 関連記事 かなつぼ山の水溜まり うどんつんだし 鹿島大神宮 舘(たて) 六部と観音 菖蒲ヶ池 重ね池 コメントを残す コメントをキャンセルメールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目ですコメント ※ 名前 ※ メール ※ サイト
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